はるかなる時を越えて 播州清水寺(2001.3.3)


  
P・@〜E
P・@〜E

昨日からの寒波のせいで,再び冬にもどったような気候ですが,それでも陽射しはすっかり春です。山々の景色も,春霞の中です。今日は近場で山遊びです。いろいろ候補はあるのですが,『はりまハイキング』に紹介されている清水寺に行ってみることにしました。とはいっても,信仰心のかけらもないボクですから,参拝するわけでもなく,お札をもらうわけでもありません。登山ルートがいくつかあり,山頂からの展望もよさそうだからです。それに,石の道標というのも見てみた石。ただ,それだけ。

石の道標

近場といっても,我が家からは1時間半ほどかかってしまいました。国の重要文化財の住吉神社を過ぎ,山すその小道を進みます。途中で,「右きよみず 左ほっけ」の大きな石の道標があります。右と左の位置関係がヘンなように思いますが,昔の人にとっては重要な道路案内だったのでしょう。

林道の空き地(P)に車をとめ,池の横を登ります。このコースは,西坂とよばれるコースで,その昔は,清水寺から法華山一乗寺に行くメーンルートだったようです。道は広く,傾斜がゆるやかなので,林道だったようです。いまや,廃道です。その廃道のいたるところにイノシシが掘りかえした跡があります。さすが鳥獣保護区です。ヤブっぽい上に岩がゴロゴロ,それに掘りかえした跡のため,MTBは乗車不能。下りだって乗れそうにありません。こりゃ予想外です。

苔むした参道

廃道林道は山を巻き続けています。いつまでこんなにダラダラ巻き続けるんやって感じです。乗れもしないのなら,谷や尾根を直登する方が時間の短縮になります。そんなことを考えていると,右手に登り道のある分岐(@)に到着。廃道林道は先に延びていますが,右手の道は,植林帯の中を登っています。単なる作業道なら清水寺には行けません。偵察です。少し登ると,左手に「五丁」と彫った石柱が立っています。その後ろには石仏もあります。これが西坂の参道なのでしょう。

石柱の「○丁」の数字は,どんどん増えていきます。道は岩だらけでガレガレです。道の真ん中には,雨水の流れてえぐれています。これでは,この道を下っても,MTBの価値はないでしょう。先ほどの廃道林道といい,この参道といい,MTBで清水寺に登る意味はなかったのかぁと,ちょっと後悔。

暗い植林帯の中の参道を,MTBを担ぎながら登ります。さすがにこのあたりは,イノシシが掘りかえした跡はありません。こんな岩だらけの参道を掘りかえさなくたって,掘りかえすのに都合のいい所は他にもありそうです。参道らしく,石を組み合わせた階段が所々に残っています。石柱の中には,壊れているものもあります。苔むした岩といい,歴史を感じる道です。古道です。MTBに乗ることはできませんが,こんな道も,たまにはいいものです。

この山道を,何百年も前に何人もの人が歩いたはずです。そう,この石の上を。わらじで,歩いていたのでしょうか。もちろん,着物でしょう。その旅人は,今ごろ,どこで何をなさっていることやら…。
その旅人とボクは,なんらかの血縁関係のある可能性,30%!
その旅人を構成していた原子が,現在のボクの身体に中にある数,1590個!
あなたの漱石が泣いています!
ありゃりゃ!

  
苔むした参道 石段下の石の道標
苔むした参道
石段下の石の道標

清水寺へ

谷を登りつめたところが,六地蔵のある分岐(A)です。右手のピークは墓地になっています。江戸時代のお墓もあります。昭和時代のお墓もあります。分岐には,休憩所があり,石柱には「山門 三」とあります。3丁ってことでしょうか。ということは,約300m。これからは,きれいな林道ですが,車はあまり通っていないようです。この林道は,ふもとの林道の上部なのでしょう。以前は車道として使っていたようですが,今ではきれいな舗装路が平木の集落からできています。

林道を進むと,長い石段(B)が現れます。道の横には,大きな石の道標が2つ。「右法華山道 左みき あうし」あうしって,あかしのことでしょうか。林道は,平木への登山道となっているようです。こちらの林道は,利用する人が多いようです。この道を下るというのも,いいかもね。乗車率100%かな?

長い石段を上ると,清水寺の大講堂(C)が見えます。この山の山上の杉材で再建されているそうです。立派な建物です。大講堂の前には,池もあります。その前の薬師堂には奇妙な十二支の人形が飾られています。

あはれみや 普き門の品々に なにをか波のここに清水

清水寺縁起

御開山法道仙人は印度層で今より1800年前,人皇12代景行天皇の御時に中国,朝鮮を経て,当山に止住され,鎮護国家豊作を祈願された。
推古35年(627年)推古天皇勅願により,根本中堂建立,仙人一刀三礼の秘仏十二面観音,脇士毘沙門天王,吉祥天女の聖像を安置された。由来此の地は水乏しく,仙人,水神に祈って霊泉湧出し感謝の余り清水寺(きよみづてら)と名付けられた。神亀2年(725年)聖武天皇は行基菩薩に勅願して大講堂を建立,永く講経の道場として法灯を中国に?やかされた。
花山法皇西国御巡拝のとき,この堂に詣で給いて御詠あらせられてより,西国二十五番の札堂と称するに至る。

この清水寺は「西国25番札所」とか。上にも建物があります。

  
薬師堂「シンダラ大将 マクラ大将」 根本中堂
薬師堂「シンダラ大将 マクラ大将」
根本中堂

根本中堂

本尊 十一面観世音菩薩 脇士毘沙門天王 大正6年(1917年)京大武田五一博士の設計により当山上の材木(桧材)にて再建。

根本中堂の周りには,いろいろな碑があります。

安田青風歌碑

かえりゆきし 子をみおくりて うつつなき 目にみちばたの たんぽぽの はな さわ乃(青風夫人)

そらをゆく雲を うつして招はあり くもに遊べる 水くさの花 青風

少し離れたところには,清水寺の命名の井戸があります。

滾浄水(おかげの井戸)
 開山法道仙人様が水神に祈って湧出した霊泉。
 清水寺と称される由緒の地。この井戸をのぞきこんで自分の顔を写したら「寿命が3年延びる」と言い伝えられています。

「聖 観世音菩薩 ご真言 オン・アロリキャ・ソワカ 」とか「稲荷社 ご真言 オン・ダキニ・ギャチギャカネイ・ソワカ」なんてことが書かれています。ご真言とは,何なんでしょう。

@真実の語。A(梵語mantraの訳)密教で,真理を表す秘密の言葉。呪。陀羅尼。B真言宗の略」(『広辞苑』)

鐘楼もありますが,1回50円とか。鐘をつくのには鐘はいりますが,金がいるとは。この清水寺の建物は,たびたび焼失しているようです。そのことも,案内板に記しています。京都大学の教授も,これらの建物の再建に関わっているとか。なんで大学の先生なの?

  
滾浄水(おかげの井戸) 北の参道を下りきった分岐
滾浄水(おかげの井戸)
北の参道を下りきった分岐

やっぱりシングルトラック

境内を一回りして,再び長い石段の下(B)に。これから,林道を戻って,車道から北に延びるシングルトラック(ST)を下ることにしました。時間があれば,下りきったところから,平木の集落に。そこから登山道を登って,再び清水寺へ。そこから,西坂を下るというプランでしたが,今日は無理です。北に延びるSTを下って,谷沿いの林道を帰ることにしました。

車道までの林道は快適です。左手に,木立の間から北の展望が見えます。林道はすぐに,ガードレールのある車道に出ます。北に延びるSTの入口は,広い道です。その道の先は,重機のある工事現場のようなところです。STは,その奥から延びています。この道もあまり利用する人がいないようで,ヤブっぽくなっています。でも,MTBは乗車可能です。右手に池が見えます。道はなだらかですが,荒れ気味です。

峠状になったところ(D)からは,地形図では下るだけです。が,MTBに乗れたのは最初だけ。しだいに道は荒れてきます。ただ,所々に石の階段の跡があるので,ここが参道であったことは確かです。西坂のように石柱は見当たりません。結局,MTBをほとんど押しながら下りました。これは,チョー悔しい!というか〜,もったいない!

下りきった分岐には,石の道標があります。石仏もあります。その向こうには,巡視路の「火の用心」もあります。林道には,巡視路で谷を横切るのが近道です。谷には,丸太の橋とチェーンの手すりがあります。巡視路にしては珍しい橋です。谷を渡ると林道(E)です。その林道を登ると,快適な下りを楽しみ,駐車地点(P)へ。

このコースは,MTBにはほとんど乗れませんでしたが,古道をたどりながら,昔にタイムスリップしたような気分にひたることができました。たまには,こんな道も楽しいものです。

おまけ

平木からの登山道には,次のような案内がありました。車道で登ると,300円/人が必要です。

「播州清水寺徒歩登山道 距離18丁(約2km) 時間徒歩約40分
 ◎空気が澄んでいれば明石海峡大橋も見えます。
 ◎徒歩での登山の方は入山料は不要です。
 ◎登山口に駐車してご参拝下さい。」


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