街を一望 相生・宮山(2002.7.25)


  
P・@〜A〜@〜B
P・@〜A〜@〜B

西播磨野に雲青く 良湾深く入るところ 
            文化の潮よせしより 自然と人の時を得て 栄えかがやく相生市

(相生市歌)

ちょっと宮山

夜に開かれる「海岸通JAZZコンサート」には,まだ時間があるので,近場の山に登ってみることにしました。相生の山というと天下台山が有名ですが,こちらの宮山は標高が低く,お手軽ハイキングコースとして地元の人たちに人気のスポットのようです。

この宮山の岩尾根は,麓からもよく見え,以前から行ってみたいところでもありました。HPによると,30分ほどで登れ,山頂には天下台山同様に旗を揚げるポールがあるそうです。今までいくつも山に登ってきましたが,山頂に旗を揚げるポールがあるのは,天下台山と宮山だけです。相生市は,よほど,旗を揚げるのが好きなようです。

展望の岩尾根

車を南麓の八幡神社の脇(P)にとめ,歩き出します。すぐ近くには,那波小学校があります。下山ルートは,この小学校の裏に出るようです。まずは,八幡神社の見物です。なんだか,歴史のありそうは神社です。本殿の奥には,稲荷神社もあります。神社の敷地内には,保育園もあるようで,小さな子どもの元気のいい声が聞こえてきます。神社やお寺が保育園を経営していることが多いようですが,どうしてなのでしょう。

神社の左手の尾根に登ります。なぜか,登山口の表示は,どこにもありません。尾根には,忠魂碑があります。周りをロープで囲まれ,注意書きがあります。石が崩れるかもしれないから近づくなということです。一番最近の戦争が終わって60年近くにもなろうかという昨今,「忠魂」はようやく崩壊をむかえたのでしょうか。そういえば,「忠魂碑」って,戦後,GHQの命令で全て撤去されたのではなかったでしょうか。どうして,未だにあちこちに忠魂碑があるのでしょう。

  
八幡神社 岩尾根から相生の街を見る
八幡神社
岩尾根から相生の街を見る

尾根を登ります。墓地を過ぎ,展望のある岩に出ますが,すぐに両側が樹木で覆われ,展望がありません。いったん,尾根道は水平になります。再び,登りにさしかかると,待望の岩尾根の出現です。一気に展望が開けます。右手上には,ポールの立っている宮山山頂が見えます。岩場はさほど急ではなく,振り返り,振り返り,展望を楽しみながらのんびり登ります。MTBを担いで登ろうかという気もあったのですが,これまでのところ,下りでもあまり乗車率は高くなさそうです。歩きで正解かな?

眼下には,相生の町が広がり,今夜のJAZZコンサートの会場も小さく見えます。明日からドラゴンボートの大会があるということで,そのための準備もしているようです。白龍城も見えます。その向かいには,最近できたショッピングセンターも見えています。広い駐車場には,車がたくさんとまっています。その相生の町の向こうには,天下台山が見えます。その右手奥には,御津山脈。さらにその奥の瀬戸内海には,男鹿島の島影がうっすらと見えています。

ついでに尾根を北上

岩尾根を過ぎると,山頂はすぐです。八幡神社から20分で山頂です。山頂(@)には,旗を揚げるためのポールが健在でした。三角点(二等三角点 点名八幡山 173.8)は,金属のプレートが埋め込まれています。山頂直下の岩場からの展望もいいものです。麓の那波小学校や八幡神社も見えます。昔は島だったという大島もこんもりとした林に見えます。この岩場の下から,那波小学校の裏に出る下山ルートがあるのでしょう。でも,このまま,下山するのはちょっと寂しい。北に向けて,山道が続いています。これを行くと,新幹線の宮山トンネルの上部に出ることができるのでしょう。ちょっと探検してみましょう。

  
相生の街の向こうに天下台山・御津山脈 宮山山頂直下の岩場
相生の街の向こうに天下台山・御津山脈
宮山山頂直下の岩場

今までの登山道とはうって変わって,夏草の生い茂る,クモの巣の多い山道です。おまけに,ほとんど展望がありません。踏み跡がしっかりしているだけ,マシってものなのかもね。草木は多いのですが,花が見当たりません。標高が低いので,この時期に咲く花はないのでしょう。その代わりにクリの実を発見。まだ緑色ですが,そのトゲトゲがきれいです。

  
クリ
クリ

木々の間から見えるわずかな展望を楽しみながら,尾根を北上します。最終ピークからは,下る一方です。目の前には,アンテナのある的場山から大倉山,もしかすると相生の最高峰である三濃山も見えていたかもしれません。下りきったところは,高圧線鉄塔の巡視路です。すぐ近くの鉄塔に行ってみることにします。展望なし。しかたがないので,上の尾根に行くと,そこはなんと!山陽自動車道の法面の最上部です。足元では,自動車が高速で走っています。その向こうのR2にも車がひっきりなしに通っています。ここ(A)で,北上を終了。宮山山頂から20分です。

小学校ルートはちょっと…

宮山山頂に引き返します。先ほど通った道なので,今度はクモの巣がほとんどありません。が,あいかわらず,道の両側からは夏草が張り出し,歩きにくい。部分的には,シダに覆われたところもあり,靴の中はゴミだらけです。ジーンズなので,足が傷だらけにならないだけマシかもね。

再び,宮山山頂(@)へ。直下の岩場で,しばしの休憩です。山頂に吹く風がいい気持ち。急岩場を下り,下山ルートへ。ここにも道標はありません。道は,コケのついた滑りやすい急な道です。あまり利用する人がいないのでしょうか,夏草が茂り,クモの巣もたっぷり。おまけに,倒木もあります。これで展望がないんだから,やっぱり八幡神社からのルートの方が,利用する人が多いはずです。

展望のない尾根道をどんどん下ると,中腹ぐらいからは展望が開け始めます。その展望が見えなくなると,小学校はすぐ下です。墓地の脇を抜け,小学校の裏に飛び出します。こちらのルートは,15分で下りました。登りに使うと,急なだけにシンドイかもね。

  
八幡神社の参道から見上げる宮山 那波港から見る宮山
八幡神社の参道から見上げる宮山
那波港から見る宮山

潮の香に誘われて

下山すると,このあたりに来たついでということで,大島(B)にも寄ってみます。山頂には城があったそうですが,今では善光寺とさびれた児童公園があります。ふもとは港になっており,漁船がたくさんとまっています。強烈な潮の香りが漂ってきます。山も海も楽しめる,そんなところが相生の魅力の一つなのかもしれません。

大島城跡(相生市那波大浜町)

この大島城は,長治元年(1104)播磨海老名の祖,家季がここに城郭を築いたのがはじまりといわれています。城主海老名氏は,代々,矢野荘別名の下司職,矢野荘例名の地頭職等に任せられた豪族です。
建武3年(1336),別名の下司職であった七代景知は,赤松円心に属し,弟の詮季や同族の泰知と共に白旗城にたてこもって,新田義貞軍と戦い功績をあげましたが,留守にしていた大島城は,新田軍に組した者によって焼き落とされたといわれています。
また,江戸時代中期の文書によると,「大島城は那波城とも言う。丘の台は二の丸で矢倉跡,今は畠となる」とあって,この城の規模を知る手がかりとなります。

相生市教育委員会

石井直樹歌碑

おほぞらにただよふくものしらくもの さびしきあきになりにけるかな  直樹


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