新緑に遊ぶ 志久道・黒甲越・東ノ峰(2004.5.8)


  
@〜J
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志久道再び

春の大型連休が終わり,里山は新緑のやわらかな緑でおおわれています。こんな時期は,MTBを持ってお山に行きたいものです。ということで考えたのが,氷ノ山。ブナの新緑がきれいでしょうし,残雪もあるかもしれません。山頂では爽やかな五月の風が吹き渡っていることでしょう。連休のあとの休日なので,ハイカーも少ないかもしれません。次に考えたのが,志久道です。ナダレ尾山から帝釈山を経てシブレ山に至る縦走コースの東半分は,鮮やかな新緑がいっぱい。さて,どうする〜?

氷ノ山からスーパーダウンヒルとブナの新緑は捨てがたいものがありますが,今日は,まだ行ったことのない志久道を行ってみましょう。否,正確には25年ほど前に志久道を通ったハズですが,現在では当然?記憶にありません。そもそも,志久道を通ったのでしょうか?それすら記憶にありません。

車で志久道の入口に到着。あたりは住宅地として開発されており,このあたりに車をとめても,誰の迷惑になるというわけではありませんが,あちこちにバリケードがあり,車をとめにくい雰囲気です。しかたなく,千年家手前の自転車道脇の駐車スペースへ。ここから志久道入口までは,歩きではかなりの時間がかかりそうですが,MTBだと15分ほどです。もちろん,下山後も楽チン。やっぱり,MTBはいいねぇ。

ガレガレゴロゴロ道

柏尾台の住宅地を抜け,志久道の入口(@)へ。じつは,2ヶ月前もこの志久道に来たのですが,その時は,時期外れの吹雪にあい,敗退していたのです。ですから,今回はリベンジってところです。入口からはコンクリート舗装の道が延びています。頭上は,鮮やかな緑のトンネル。MTBで登り始めますが,この道の急なこと。ギアをインナーローに入れても,倒れずに前に進むのが精一杯です。浮き上がる前輪を押さえつけながら舗装路を登りきると,道はゆるやかな山道に。やれやれです。

ひと汗もふた汗もかいたあと,新緑におおわれた山道をのんびり走っていると,汗がひいていきます。ところが,極楽山道は,いつまでも続きません。しばらくすると,路面にはゴロゴロの石が目立つようになり,そしてついには道一面がゴロゴロ石だらけ。とても,MTBに乗れません。それどころか,MTBを押すことさえ,大変です。MTBを肩にゴロゴロ石の道を登ります。上り自体は急ではありませんが,ゴロゴロ石だらけなので歩きにくいこと,この上なし。足をグネらないように注意,注意。

と,目の前に石畳が見えます。距離は短いものの,昔日の峠道の面影を残しています。なるほど!それまでのゴロゴロ石は,この石畳が崩壊して,そこに使われていたものが一面に散らばったものだったんだ。そうなると,石畳も罪なものです。アスファルトの林道が荒廃しているのも困りものですが。歩きにくい山道は,幾度か小川を横切り,徐々に高度を上げていきます。やがて,小川が道と合流し,道自体が小川になっています。こうなると,ますます歩きにくい。水の流れが地表の土を洗い流し,ゴロゴロ石だけを残しています。昔はもっときれいな峠道だったんでしょうねぇ。

  
志久道に残る石畳 稚児ヶ墓山との分岐点
志久道に残る石畳
稚児ヶ墓山との分岐点

どこが志久峠?

入口から歩くこと20分ほどで,稚児ヶ墓山との分岐点へ。さらに7分ほどで花折山との分岐点です。どちらも,縦走コースの一部ですが,今日は誰にも会わず。歩きにくい峠道でちょっとムカつきますが,静かな山歩きが楽しめるので,ヨシとしましょう。花折山との分岐点を過ぎると,路面は土になり,ゴロゴロ石はあまり目立ちません。MTBにも乗車可能。気分をよくして,GO!

梨木峠に到着。この先の谷が,鳴川の源頭部です。そこには,多田繁次さんによると「この流域の最年長,鳴川谷の“主”である」モミの古木があるそうな。行ってみましょう。暗い山道を少し下ると,鳴川の源流が見えます。その近くに“主”であるモミの古木が,天を突いてすっくと立っています。なるほどねぇ。鳴川谷最深部のど真ん中に立っているのが,“主”たる所以かぁ。

  
新緑のトンネルを快走! 志久ノ峠(中ン峠)
新緑のトンネルを快走!
志久ノ峠(中ン峠)

“主”を見物したあとは,峠道に戻って,MTBで快走です。小さなアップダウンはあるものの,ほとんどMTBでもOKです。上りとは違って,ゴロゴロ石は見当たりません。昔は,このあたりは石畳じゃなかったのかなぁ。頭上に広がる新緑の空を見上げながら,二つ目の峠へ。ここが地形図にある志久ノ峠(A)のハズですが,案内板には「中ン峠」とあります。はてはて,いかがしたもの。それまでの道標すべてに「志久峠」と書いておきながら,着いてみると「中ン峠」!北区ハイキングレクリエーションガイドにも,志久峠が2ヶ所にあります。

志久道
市内でも一番美しい峠とされる志久峠は山田町原野と淡河町中山を結ぶ古道で淡河から神戸に出る最短コースとして古くから利用されていた。いまも石畳や茶屋跡,石仏,牛つなぎの松などが残り往時を偲ばせる。志久峠の語源は宿越・宿場からで,大杣池寄りの峠が志久峠とされているがそこは中ン峠で一番南にある峠が宿(しゅく)ノ嶺(とうげ)すなわち志久峠ではないかといわれている。
                  
( 北区ハイキングレクリエーションガイド )

なんともはや,地名・山名などの固有名詞にはよくある話です。どっちの峠が志久峠であっても,さほど離れていないし,通常は支障はないでしょう。「市内で一番美しい峠」だそうですが,峠のまわりを見ても,よくあるふつうの峠といった感じです。案内板には,多田繁次さんの一文が記されています。そこで,その出典先となった『なつかしの山やま』を取り出し,どぉ〜れどれ?…ぬぁ〜るほどにゃ〜!

 とうげ,という言葉は山にあこがれ,旅を慕うものの心に,親しみと郷愁と,希望とがいりまじったひびきを伝える。もともと自然の山に向かって人間が拓いた峠そのものの由来を考えると(彼らは山へ登るのが目的で峠を作ったのではなかった),峠の両側に住む人と人との交わり,物と物とのやりとり,文化の交流,そんな目的のために作られた峠道には多分に人間的な歓びと悲しみと,その他さまざまな情感がみなぎっていたことと思われる。
 交通機関の発達にともなって時代は大きく変わった。と同時に峠そのものも,峠として果たした役割はもう遠い過去のものとなってしまった。あるものは消え去り,あるものは自動車道となって過去の情緒をしのぶよすがもない。東西に長くのびる六甲山系によって南北に分断されていた神戸,裏と表を結んだいくつかの峠の,ほとんどがそうした運命を辿っていった中に,わたしはただ一つ,その形だけでも昔の懐かしい面影をとどめるものとして,稚児ヶ墓山と花折山の鞍部を越す「志久峠」に限りなき愛慕の情を寄せる。
 広い地域をしめる神戸の山にこのような峠道を,現状のまま残しておいてもよいのではないかと思うのである。
 山麓の人びとの交流に用のなくなった峠道はもっぱら静かな山歩きをたのしむ市民のためにこそ,新しい役割をになってくれることを希いたいものである。そのために峠と峠道も登山者を歓ばす美しく静かな環境でなければならない。そんなよい条件をいまに伝えているのがこの志久峠である。

                      ( 『ひょうご低山遍歴 なつかしの山やま』 多田繁次 )

自転車ツーリングでも,パスハント,パスハンティングなる言葉があるぐらいですから,峠がもつ独特の雰囲気が多くの人の旅心を惹きつけるのでしょう。この峠も,その魅力ある峠の一つのようです。その昔は牛や荷車が通ったであろうこの峠を,現代はMTBが駆け抜けます。峠道の利用の仕方は時代とともに変わってきましたが,あたりの木々の緑と静寂は昔のままなのでしょう。

下りは乗り乗りだぜィ!

峠からは下り基調で,神戸青少年公園までMTBでのんびりと走ります。新緑のトンネルを抜け,木の橋を渡ると,左手に「展望広場」への道があります。が,行ってみると,何のことはない,ただの裸地です。ガッカリして,再び,峠道に復帰。極楽ダウンヒルの再開です。そして,広場が見えると,そこが神戸青少年公園(B)です。少し先で湖畔に出ます。エメラルド色の水をたたえた中山大杣池です。飛鳥時代に作られたといわれる中山大杣池は,現在では周囲を神戸青少年公園として整備され,スポーツ広場やキャンプ場などが作られています。ただし,その付近でも誰にも会わなかったので,この神戸青少年公園がにぎわっているかどうかは定かではありません。

公園から一旦車道に出て,行き止まりまで進みます。車止め(C)を抜け,林道に入ります。しばらくは,走りやすい道ですが,しだいにゴロゴロ石が多くなり,ついにはMTB乗車不能。所々でさびたガードレールがあるので,以前は車道として利用されていたのでしょうか。では,いったい何のため?それはナゾです。路面を見ると,モトクロスバイクのタイヤの跡があります。その先の鳴川を越える橋のあたりでは,谷からモトクロスバイクの爆音が轟いてきます。それでも,道があまり荒れていません。ヨカッタ,ヨカッタ。

  
プチ滝 静寂の天保池と東鹿見山のアンテナ塔
プチ滝
静寂の天保池と東鹿見山のアンテナ塔

静寂の天保池

再び,ゴロゴロ石の道をMTB押し押し進みます。右手には小川が流れ,プチ滝もあります。日当たりのいい林道の所々には小さな花が咲いています。このゴロゴロ石さえなければMTBに乗れるのになぁと,ちょっと残念。やがて,林道は林の中へ。見えてはいませんが,この先が天保池で,ここが「太陽と緑の道」との分岐点です。ランチタイムにいい時間なので,多田繁次さんに習ってこの先の天保池の湖畔(D)でランチをいただきましょう。

 池を中心に円を描く山やまは丘のように低い。ふりそそぐ陽光は日がな一日池の面にたわむれる。それでいてなんとなく深いふかい静寂,深山の沼の幽すいの面影をも漂わせる。それは滴るような緑は水際に迫り,人里は遙かに遠くて,非常のあらしを隔離している自然環境のよさが幸いしているからだと私は思う。池の隅っこにはこじんまりとした草付きがあって,ここを天保池の奥座敷と呼んでいる。そして天保池を結ぶハイキングの時にはここで昼食をとるのがもう習慣のようになっている。
 ああ,食後の,草のしとねにのびのびとねそべって忘我の境地をさまようひとときが,たまらなく愉しいのだ。池の水面にも,青い空にも,白い雲が悠々と浮かんでいる。

                    ( 前掲書 )

湖畔を左回りに少し進むと,モトクロスバイクの遊び場と思われる裸地があります。その先の湖畔からは,東鹿見山のアンテナ塔が見えます。まわりの新緑もきれいです。草付きではありませんが,ここが天保池の奥座敷かもしれません。弁当を広げ,ざるそばを食す。食後のコーヒーをのんびりいただきながら,『なつかしの山やま』に目を通します。今日は,ここまでは多田繁次さんの記述を意識してやって来ました。これからどうするか。黒甲越から柏尾谷に下るか,地形図にある破線ルートをたどるか。東ノ峰にある岩場も行ってみたいなぁ。とりあえず,目指すは黒甲越です。道標によると3.8kmです。MTBの乗車率は高くないでしょうから,1時間ぐらいかかるかな。

轍がいっぱい!

おなかが一杯になり,当面のルートが決まったので,出発です。林道に戻り,すぐに「太陽と緑の道」へ。これからのルートも,多田繁次さんが書いていたルートです。ゴロゴロ石の林道よりは乗車できるだろうという予想は,すぐに覆されてしまいます。モトクロスバイクがほじくり返した深い轍があちこちにあり,歩くのさえも大変です。しかも,アップダウンがあり,MTBを押すのさえ大変です。MTBを肩に,太陽と緑の道を歩きます。でも,太陽は頭上に広がる木々の枝のために,全然見えません。これで,「太陽と緑の道」?さっきの林道を進んでいれば,もう少しはマシな道だったのかなぁ。

薄暗い樹林の中の山道を進み,ようやく車道(E)へ。ガードレールを抜け,車道を上ると,東鹿見山のアンテナ鉄塔です。柵の右手を回り,山道へ。下り基調の極楽山道です。と,前からハイカーが登場。本日,初めて出会うハイカーです。時期的には,もっとたくさんのハイカーに出会ってもいいと思うのですが,そうではありません。なんでだろ〜,なんでだろ〜。大型連休で疲れた?大型連休でお金を使い過ぎた?大型連休なので,もっと遠くの山に出かけた?いずれにしても,withMTBにとっては好都合です。

東鹿見山の南を巻くようにMTBで快走。巻き終えると,今度はモトクロスバイクでほじくり返されて何本も深い轍のできたた急な下りです。MTBでも何とか乗って下れる所もありますが,轍に入るとペダルがぶつかって進みません。えぐり出された岩があちこちにあり,かなりの段差になっています。なんじゃ!こりゃあ〜!モトクロスバイク,いと憎し。

轍地帯を抜けると,林道に出ます。林道からは乗車可。水たまりを避け,少し上り返し,下りきった地点が黒甲越との分岐点(F)です。近くには,祠に祀られた石像もあります。ここからしばらくは下りです。部分的には,崩落している所があり,数年前はここでモトクロスバイクが立往生していました。MTBといえでも,気を抜けません。路面に注意しながら慎重に下ります。そして,無事に屏風谷へ。

  
古倉山西の分岐点  屏風谷のせせらぎ
古倉山西の分岐点
屏風谷のせせらぎ

屏風谷をさかのぼり,黒甲越を目指します。道は,川を渡ったり,川原であったりしますが,そのうちに道自体が川になっています。SPDシューズなので滑らないように気をつけながら,足場を選んで進みます。それにしても,こんな川の中を下ったっけ?季節が違うとこうも違うものなのかな?

破線ルートへ

結局,黒甲越(G)まではほとんど乗ることはできず。天保池から1時間です。黒甲越から車道へ。ここはゴルフ場へのアクセス路ともなっています。さて,これからどうする?柏尾谷か,破線ルートか。柏尾谷は,下りきると林道だとか。それはあんまりおもしろくなさそうなので,破線ルートに行ってみましょう。地形図の破線なんて,あてにはなりませんがネ。これまで何回ダマされたことか。

あの呪いの?鰻手池を過ぎます。以前,車をとめたあたりには花が植えられ,あの忌まわしい出来事があったことを知る者は,今ではほとんどいません。破線ルートの入口は,鰻手池を少し下がった所。破線というよりは,林道です。ほぼ水平の林道は,少しアップダウンした所で,左に延びています。地形図の破線ルートは,左に行ってはいけません。正面のピークに上るようになっていますが,急なズルズルの土斜面です。その右手には,ピークをトラバースするように山道が延びています。テープもあるので,そちらの方が正規ルートになっているのでしょう。行ってみましょう。

東ノ峰へGO!

ところがところが,これが乗り乗りルート。ピークの少し北を水平にトラバースしているようで,右が切れ落ちた片斜面で,谷を巻くところはさらに危ない。でも,極細山道をMTBでバランスをとりながら走るのが,恐おもろ。右の深い谷は,柏尾谷です。その谷に向かって,明確な山道が下っています。柏尾谷池に下る道のようです。現在地を確認しながら進みます。と,なんと!こんなマイナールートでハイカーに遭遇。話によると,柏尾谷から東ノ峰を通ってやってきたとか。東ノ峰への道を聞くと,ハッキリした道だそうです。こりゃあ,東ノ峰へ行かなければなりません。地形図には,東ノ峰の山頂付近には岩の印があります。ということは,その岩場に立つと眼下に絶景が広がるでしょう。期待を込めて,東ノ峰へ。

トラバースルートは,なおも乗り乗りルートです。そして,ゆるやかに上りきると,東ノ峰との分岐点(H)です。聞いた通り,東ノ峰へ向かって明瞭な山道が延びています。しかも,これまた乗り乗りだ〜!GO!GO!GO!すっかり気分をよくして,MTBで進みます。このルートも,稜線から少し南に外れ,ピークをトラバースするようについています。しかも,下り基調なので,楽チン,楽チン。

下りきった所で,さらに急に下り始めました。おや?こんなに下ってええんかいなぁ。引き返して,尾根をチェック。テープに城山→とあります。こりゃあ,ミスコース。尾根を越え,今度は稜線の北側に出て,トラバース。少し進んだところで,今度は木立の間を急に下ります。これもまた,おもしろい!おそらく,山頂手前の鞍部に下っているのでしょう。そして,下りきった所にはテープがあちこちに。この谷からも箕谷方面に下れそうです。鞍部から西を見ると,目指す東ノ峰がありそう。行くぞ〜!

鞍部から少し上ると,東ノ峰と西ノ峰との鞍部です。鞍部を抜けると,柏尾谷へ下ることができるとか。東ノ峰は,右手のピーク。もちろん,MTBは押しと担ぎです。狭い木立を抜け,担ぎ上げると,ピークすぐ下の広場(I)に到着。広場には,ピークを背にして,行者像が祭られています。でも,ここは城跡じゃなかったっけ?城跡らしいといえば,3段になっているところぐらいで,あまり広くもないピークでは,さほど大きな建物は建てられなかったんじゃないでしょうか。それとも,西ノ峰にお城はあったのでしょうか。しばらく,あたりをうろうろ。地形図にある岩場を探しますが,それらしい所はなし。祠のある広場からは,南に展望が少し広がっていますが,大パノラマとは大違い。少し西に下った所からは,南と西の展望が開けています。ピークに戻ると,東ノ峰のプレートがあり,他にもプレートが2枚。赤い布も巻きつけられています。

  
東ノ峰山頂直下にある祠 道標
東ノ峰山頂直下にある祠
道標

ちょっとガッカリしながら,東ノ峰を下ります。鞍部に下りきったところで,先ほどのハイカーが戻ってきました。ここまで分岐点が何ヶ所かあるので,無事に東ノ峰に行けたか心配だったとか。そうですよね。あの鞍部を越す地点が間違いやすいかな。でも,間違えたって,下れば箕谷に下りるんだろうから,遭難することはないよね。ハイカー氏は,この鞍部から柏尾谷に下るとか。聞けば,MTBで下るのは無理だろうとのこと。やはり,柏尾谷への等高線の幅を考えれば,激下りが予想されます。ここは,無難に地形図の破線ルートまで戻るの方が,MTBで下る楽しみがあるでしょう。いろいろと教えていただいたお礼を言って,ハイカー氏と別れ,さらに下ります。

押し時々乗り乗り

鞍部からの下りきった所が,先ほどのテープあちこち地点。う〜ん,どうする〜?このまま,破線ルートに戻ってもいいけど,ちょっと時間がかかるかな。それより,この谷を下れば,下山できるんだから…。でも,ちょっとヤブっぽいなぁ。MTBで乗れるかどうか,ちょっと不安。まぁ,行ってみっか!?

木立スラロームでどんどん下ります。途中には,炭焼き釜の跡もあります。そして,案の定,乗車不能に。やれやれ。担ぐほどのことはありませんが,押しの一手です。それほど急な下りではないのが救いです。それらしい踏み跡もあるので,テープにあった「箕谷」の記述は間違いではなさそう。そして,なぜかテープが2手に分かれているところへ。一方は,左の尾根へ上っています。もう一方は,谷に下っています。さて,これまたどうする〜?もしかすると,左の尾根へ上っているのは,尾根を越える時に行き過ぎてしまった急な下りとつながっているのかも。だとすると,また尾根に戻ってしまうの?谷を行くしかないか。

分岐点から谷は狭くなってきますが,右側に明確な踏み跡が続いています。倒木がジャマになったりしますが,どんどん下ります。そして,小川を渡ると,今度は左手の尾根へ登ります。おそらく,谷はこの先で急な下りになっているからでしょう。尾根に登ると,左から山道が合流しています。正面の木についているプレートを見ると,城山(東ノ峰)へのルートが書かれています。これまでボクが下ってきたルートは,沢ルートで,左の道を行くのが尾根ルートのようです。それにしても,どんな地図にも載っていないこんなマイナーな道があちこちにあるとは,この山域は山道迷路です。

尾根に出ると,MTB乗り乗りです。それまでのうっぷんを晴らすかのような快走。いいねぇ。もしかすると,尾根ルートだと,こんなに乗り乗りコースだったのかな?やがて,展望のいい裸地へ。振り返ると,とんがりピークの東ノ峰がくっきりと青空に浮かび上がっています。西を見ると,帝釈山から丹生山への稜線が一望できます。東ノ峰よりも展望がいいねぇ。

  
振り返るととんがりピークの東ノ峰が見える 最後の乗り乗りコース
振り返るととんがりピークの東ノ峰が見える
最後の乗り乗りコース

さらにMTBで下ります。しばらく下ると,石垣の出現です。はて?城跡ではなさそうだし,神社でもなさそう。ナゾの石垣としておきましょう。ところが,この石垣ポイントから,道はガレガレ,ゴロゴロ石がいっぱい。もちろん,MTBには乗車できません。押しの一手で下ります。しだいに車の音が大きくなってくると,再び,MTBで乗車可の下りになります。おまけに,道の真ん中がへこんだボブスレー状態なので,少しぐらいスピードが出たってヘッチャラです。極楽気分で下りきると,右手に金網が。その金網越しには,住宅が見えています。金網に沿って下りきると,そこは民家の前(J)。犬にほえられながら,そそくさと下ります。こんなところでうろうろしていると,不審者です。

車道に下ると,右手に山田中学が見えます。その奥には,天彦根神社があります。その前には,わらぶきの建物が。なんじゃらホイ?近づいてみると,農村歌舞伎の舞台だとか。しかも,いろいろな仕掛けまであるというすごいもののようです。

下谷上農村歌舞伎舞台
 この舞台は,江戸時代末の天保11年(1840)に建てられた村芝居の舞台である。
 江戸時代には,原則として農民が芝居を観たり演じたりすることは禁じられていたが,実際にはこのように歌舞伎舞台が各地に建てられ農民たちは歌舞伎を楽しんでいた。現存する舞台は,全国で約2000棟,兵庫県下で約170棟ばかりである。
 この舞台の特色は次のような点にあり,全国屈指の歌舞伎舞台として国指定の重要有形民俗文化財に指定されている。
 1.江戸時代末の建立で,舞台建築としては古いこと。
 2.規模が雄大であること。(間口12m・奥行8m)
 3.花道・太夫座・回り舞台・二重台・大迫り・ぶどう棚など多種の舞台機構を備えていること。
 4.花道の一部が回転して,反り橋が出る特殊機構があること。(全国唯一)
 5.神社境内の付属建造物である長床(宮座行事の建物)の利用舞台としての典型であること。
 なお,この舞台は昭和52年(1977)1月に不審火で焼損したが,同54年(1979)9月に修復された。

                      神戸市教育委員会

農村歌舞伎って,江戸時代の農民のお遊びと思っていたのですが大違い。舞台からして本格的だったんですねぇ。でも,歌舞伎って,ライブで見たことがないなぁ。

  
下谷上農村歌舞伎舞台
下谷上農村歌舞伎舞台

今回は,多田繁次さんの記述を参考にした山行きでした。後半は城跡見物と,見所多し,乗り乗り多しの楽しい山行きとなりました。しかも,出会ったハイカーは2人だけ。静かな落ち着いた雰囲気のなか,この山域のよさを再確認した山行きとなりました。メデタシ,メデタシ。

 

志久道入口10:08  稚子ヶ墓山分岐点10:30  花折山分岐点10:38  志久ノ峠11:17  神戸青少年公園11:38  天保池12:11〜12:50  東鹿見山電波塔13:19  石像分岐点13:34  黒甲越13:50  東ノ峰分岐点  東ノ峰(城山)15:00  山田中学16:00


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