ちょっと山歩き 大パノラマの経ヶ峰(2004.8.28)


  
P・@〜E
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中之郷林道コース

レースの結果はともかく,無事終了。昼過ぎからは何もすることがありません。そこで,昨年から山歩きに出かけることにしています。今年も,近場のお山へハイキングです。昼過ぎからの山登りなので,あまり長い時間はかけられません。近くで,すぐに登れる。しかも,展望がいい山ということで,今回は津市近くの経ヶ峰に行くことにしました。

経ヶ峰は,伊勢と伊賀を分ける布引山地の西端に位置する。津市街に近く,ちょっと遠出の散歩,そんな気軽さで登れることもあって,四季を問わず親しまれている。
山名はずばり,経巻を納めたことによる。郷土資料である『伊勢参宮名所図絵』や『勢陽五鈴遺響』にも加法経・大般若経を納めたとあり,今も大石で葺いた経塚が山頂近くに残っている。江戸時代の僧明了の『登経峰』,斉藤拙堂の『遊経嶺記』など登山記録も残っており,登山の歴史も古い。標高はいまひとつであるが,南北に長い尾根を張り出させた山容は堂々としている。

         (『分県登山ガイド  三重県の山』より)

鈴鹿サーキットからR23で津市へ。そこから右手に見える大きな山塊が経ヶ峰でしょう。地図を見てもわかりそうにないので,その山塊を目指して車を走らせます。伊勢自動車道をくぐり,麓へ。草生小学校からは「経ヶ峰登山口」の案内に従って進みます。経ヶ峰への登山道はいくつもあり,近くには山出林道からのコースもあるのですが,この中之郷林道からのコースが目についたので,このコースに決定!

“安濃”
という地名が,歴史上初めて姿を現わすのは,「五鈴遺響」で“草陰阿野国”と記されていた。草陰は野原を,阿は漢美語で広大な野を意味している。また現在の津港が,古くは安濃津と呼ばれていたことから文化の繁栄がうかがわれる。
町の西北にそびえる経ヶ峰は,かつては“安濃ヶ岳”と呼ばれていた。その昔,長野家家臣,進藤左金吾が山頂に,「大般弱経百巻」を埋めたことから、経ヶ峰と呼ばれるようになったそうである。今でも山頂には、経塚の跡が残されている。

経ヶ峰に伝わる八百比丘尼伝説
八百比丘尼は,現在の安濃町草生の神子谷辺りに生まれた。
彼女が17歳の時であったろうか,無尽講(神社や寺へ参拝する集まり)に出かけてゆき,そこで人魚のごちそうを食べた。するとどうであろう,何年経っても17歳の若さのまま年をとらず不老長寿となってしまった。
その後,若狭へ渡り800年のよわいを保ち,再び草生へ帰ってこの世を去った。遺言によれば,「黄金の鶏と縄とを,朝日照る夕日輝く二ツ葉の下に埋めたれば,他日草生の衰亡の時来たれば,之を掘り出せ」とある。それから毎年元日の朝になると,その鶏が鳴くと言われる。今,権現と呼ばれる地の,八百姫明神塚に埋めたと伝えられている。

比佐豆知菅原神社
平尾登山口近く,菅原道真公などを祀る比佐豆知菅原神社は,現在地より北西2km隔てたヒサツ畑に鎮座されていたが,草生越前守により遷座し現在地に奉った。毎年3月25日は例祭で賑わう。

  
麓の集落から見る経ヶ峰 案内板
麓の集落から見る経ヶ峰
案内板

比佐豆知菅原神社(@)から集落を抜けると,林道平尾大谷線です。舗装されているので,普通車でもまったく問題なし。林道の終点が登山口(A)です。これまでにも分岐点には必ず絵地図の案内板があったのですが,ここでは登山口の標示だけです。その脇には,杖が何本も立てかけられているので,利用者が多いのでしょう。

登山道は,しばらくはコンクリート舗装の林道です。軽自動車が通れるほどの幅はあるのですが,かなりの急勾配です。林道から山道に入るあたりは,MTBで登ると前輪が浮きそうなぐらいです。ふと,帝釈山の林道を思い出してしまいました。その急坂を登ると,右手の植林の中に登山道(B)が延びています。林道はまだ先に延びており,地形図によると,林道のつき当たりから尾根に登るようになっていますが,ここは標示通りに山道に入ることにします。

  
経ヶ峰登山口 登山道の道標
経ヶ峰登山口
登山道の道標

植林の中の暗い道

暗い植林の道ですが,道幅は広く,激上りというわけではありません。路面もきれいなので,MTBでも十分に走れそうです。すぐに絵地図の案内板が登場。ここからは一定の勾配で標高を稼ぎます。路面は,ガレガレだったりしますが,下りならMTBでも楽しく下れそうです。MTBを持って来なかったのが,悔やまれる!でも,MTBとロードの2台も車に乗せて,その脇で寝るというのは狭過ぎるかも。来年の検討課題?です。

誰もいない暗い登山道を登ります。台風の影響もあるのでしょうが,風が強い。木々のざわめきのなかに小鳥のさえずりも聞こえてきます。のんびりとした山歩きです。急な尾根を登ると,一旦,平らな尾根へ。そして再び,急な登りへ。登りきると,なだらかな尾根道になり,木々の間から展望も開けてきます。

前方に反射板(C)が見えると,その奥に経ヶ峰のピークもきれいに見えてきます。このなだらかな尾根付近は草が濡れており,少し前までは雨が降っていたのかもしれません。それまでの植林の中の道とちがって,まわりに雑木が目立ち始めると,経ヶ峰山頂はもう少しです。

  
雑木林の尾根道 山頂直下の案内板
雑木林の尾根道
山頂直下の案内板

360度の大パノラマ

高座や穴倉への下山道を過ぎ,正面に案内板が見えます。山頂は,正面の急坂を登りきったところです。右手に巻くと,ログハウスの休憩所がありますが,それは帰りに寄ることにして,まずは山頂です。急な上りを登り終えると,東屋や観音像,展望台のある経ヶ峰山頂(D)です。360度の展望が広がっていますが,曇り空のため,遠望がかすんでいます。東を見ると,麓の津市の街から伊勢湾。北を見ると,昨年登った錫杖ケ岳の鋭い三角ピークが目立っています。西は奈良の山々でしょうか。麓にはゴルフ場も目立ちます。南は伊勢や松阪の街が見えているはずですが,白っぽくかすんでいます。

  
経ヶ峰山頂 経ヶ峰山頂の観音像
経ヶ峰山頂
経ヶ峰山頂の観音像

展望台で遅い昼食をと思っていたのですが,台風の影響で山頂は強風が吹きつけています。お弁当を食べていると,お弁当箱が吹っ飛んでいってしまいそうです。しかも,寒い!長居はできず,そそくさと休憩所に向かいます。

  
経ヶ峰山頂から見る錫丈ヶ岳 ログハウスの休憩所
経ヶ峰山頂から見る錫丈ヶ岳
ログハウスの休憩所

山頂から北に下った所に,ログハウスの休憩所(E)があります。まわりには広場やトイレもあり,水場もあります。キャンプぐらいならできそうです。その休憩所に入ると,麓の草生小学校の全校登山の書き込みが張ってあります。1年生から6年生まで,昨年の10月に登ったそうです。高学年なら大丈夫でしょうが,1年生までが登っているとは。ちょっとビックリです。なかには,泣きながら登った子もいるのではないでしょうか。好きで山を登るのはいいのですが,こんなふうに「全校」という名のもとに強制的に山に登らされてんじゃあ,大変だったでしょうねぇ。同情を禁じ得ません。

MTBで来たかったなぁ

休憩所で遅い昼食をすませ,いざ下山。山頂直下の案内板分岐に戻り,ピストンで下山です。登る時には寄らなかった小ピークに登り,経ヶ峰を見ると,反射板と山頂が見え,この取り合わせも一興かも。 登山道に戻り,来た道を引き返します。植林の中の道で,歩きではおもしろくありませんが,MTBだときっと楽しいでしょう。そんなことを考えながら歩いていると,前から男性ハイカーが登ってきました。こんな時間に登ってくる人がいるんだ!ところがその後,コンクリート林道に出たところで,二人目の男性ハイカーに出会いました。何で,今ごろ?まさか,ご両人もシマノ鈴鹿ロードでのレースを終えてやってきた?

植林の中の暗い山道を下りきり(B),コンクリート林道を下ると,車をとめた登山口(A)です。見ると,車は3台に増えています。ということは,下山中に出会ったお二人の車でしょう。このまま帰るのももったいないので,山出林道にある古墳跡と地藏さんを見物しましょう。

朝日山古墳群(朝日百穴)

林道に入ってすぐにある古墳群ですが,穴があるだけで,何が何だか。

枇杷ヶ谷地蔵
古くより霊験あらたかな地蔵尊として,麓の人々の厚い信仰を受けている。
その由来は,今からおよそ1150年前,弘法大師が教化のため諸国を回っていた頃,この地を訪れ,長さ2m,幅1.5mの自然石に地蔵像を刻んだところからきている。
消災除病,修学など諸願成就,峯山の守護佛として参拝する人もみられる。

自然石に刻んだ地蔵像はあまりはっきりとは見えません。それよりも,その前の祠に供えられた木像が主役のようです。

さて,夕刻が迫ってきたので,温泉に行くことにしましょう。グリーンロード(農道)を通って,亀山へ。亀山城に寄り道をして,保健福祉センターに向かいます。ここは福祉関連の施設があり,その一つとして温泉があり,温泉スタンドがあります。150円という超低価格にもかかわらず,広々とした浴槽に,露天風呂もあります。洗い場が少ないので,順番待ちになるのが残念ですが,ユックリ湯に浸かって待ちましょう。

  
亀山城 亀山市総合保健福祉センター 白鳥の湯
亀山城
亀山市総合保健福祉センター 白鳥の湯

亀山市総合保健福祉センター あいあい

白鳥伝説発祥の地−能褒野
倭は国のまほろぼ たたなずく青垣 山隠れる 倭しうるわし  「古事記」
「古事記」(712年),「日本書紀」(720年)によると日本武尊は,東征の帰途この望郷の哀愁に満ちた歌を残して,能褒野の地で武勇と波乱の生涯を閉じました。
その後,日本武尊は白鳥となり天を翔け,現在の奈良県御所市,大阪府羽曳野市に舞い降り,ついに天高く昇った記述があります。
このため,この三市にはそれぞれ白鳥陵がつくられました。市内田村町の王塚古墳はその一つとされています。
亀山市は,古代のロマンあふれる日本武尊終焉の地であり,白鳥伝説発祥の地です。
この温泉「白鳥の湯」はこのような由来に基づく市民提案を受けて命名されたものです。

泉質  ナトリウム−塩化物・炭酸水素塩温泉
効能  きりきず・やけど・慢性皮膚炎・神経痛・筋肉痛・関節痛・五十肩・運動麻痺・関節のこわばり・うちみ・くじき・慢性消化器病・痔疾・冷え症・病後回復期・疲労回復・健康増進
営業期間  午前10:00〜午後8:00 (受け付けは午後7:30まで)
休日  毎週火曜日(祭日の場合は水曜日)・年末年始
入浴料  一般150円  高齢者100円  子供50円

ちなみに,翌日も帰りにこの温泉に浸かりました。嗚呼 極楽,極楽。


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