ドラマは最後に… 西光寺山縦走(2001.1.4)


  
P・@〜G
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21世紀の幕開け

20世紀のラストを締めくくったのが増位山・広峰山・須加院縦走なら,21世紀の幕開けは西光寺山縦走です。なんだか,これから始まる21世紀を占う意味でも,今回の西光寺山縦走は楽しみが大きいです。同行は,いつものS田さんです。なんでも,車に乗っていただけで腰が痛くなったとかで,21世紀最初の泣きが入っています。これも天罰ってところかもしれません。でも,これも21世紀の幕開けにふさわしい出来事でしょう。

西光寺山は,以前に西半分を縦走したことがあるのですが,今回は,東方面の縦走です。このルートは,『丹波森の径 ガイドマップ』(兵庫県丹波県民局)にものっているルートです。

案内板完備の西光寺山登山道

ソース工場の脇を抜け,墓地の前の広場(P)に駐車。これからしばらくは,MTBで林道を登ります。途中に「西光寺山登山道 頂上まで約2.1km」の表示があります。車をとめた辺りには,西光寺山の案内板もあり,よく整備された登山道のようです。

林道を登っていると,路面はまだ凍結しています。やはり,今日の寒波は2月並みの強さです。しばらく進むと,右手に,木道のあるサギソウ自生地が現れます。

今田町花 サギソウ自生地

 サギソウは,本州以南の日当たりの良い湿地原野に自生する日本原産のラン科の植物です。
 サギソウの花は,その名が示すように色や形が「しらさぎ」の姿そのままの,夏の代表的な山野草です。
 自生地の開花期は,8月中旬から下旬です。近年,開発等により自生地が少なくなっています。
 今田町では昭和52年11月3日に町花に制定し,自生地の保護と育成に努めています。
 自然保護にご協力ください。    今田町

さらに進むと,こんどは「民話 西光寺山の金の鶏」の案内板があります。『丹波森の径』でも,このルートを「金鶏の森の径」と名付けています。どんな民話なのか,調べてみることにしました。

《民話》西光寺山の金の鶏

 むかし,むかし西光寺山のてっぺんに,えらいお上人様が住んでいました。このお上人様は,諸国を回って修業を積み,ふもとのお百姓さん達の病気を治したり,作物の作り方を教えたり,ありがたいお話をしたりしていました。

 そしてお百姓さん達は,田んぼで取れた初物や作りたてのぼたもちをお供えしたりして,お上人様の徳を慕っていました。

 お上人様は山の上の粗末な庵に住んでいましたが,その中にひときわ目立つ立派な木箱が置いてあり,毎朝その木箱を一心にお祈りしていました。村人たちが不思議に思い,「お上人様,毎朝木箱を拝んでなさいますが,その中に何が入っているのですか」と尋ねるとお上人様は,「この中には村が飢餓になったり,疫病に襲われたりして大変な時に,村を救ってくれるものが入っている。私はそんな事が起きないように毎日お祈りしているのじゃ。しかし,この中を見るときっと悪い心を起こす者が出てくるので,決して開けてはならぬ」と言いました。

 しかし,見るなと言われると見たくなるのが人情で,ある日,お上人様が留守の間に村の若い衆がこの木箱を開けると,なんと中には金無垢の鶏がまばゆい光を放っているではありませんか。この事が村人の口から口へと伝わり「お上人様の案には金の鶏がいる」とたいそう評判になりました。村を通りかかった旅人がこの話を耳にして,お上人様が寝静まった真夜中に庵に忍び込み,そっと木箱に手をかけました。するとどうでしょう。突然昼をもあざむく稲光と雷鳴がとどろき,この旅人は深い谷間に転げ落ちてしまいました。しかし,お上人様は何事もなかったかのようにすやすやと寝入っていました。

 このことがあって2,3日たったある日,お上人様は山から降りて村人を集めて言いました。「わたしがしてはならぬと申したのに,背いた者があった。私はここを去ってまた修業の旅に出るが,宝物はこの山に残しておく。みんなが力を合わせて一生懸命働けばきっと宝物が役に立つ時が来るであろう」そう言ってお上人様はどこへともなく旅立っていきました。

 それから後に,この山の上に立派なお寺が建立され,金の鶏の話が人から人へと伝わって「金鶏山西光寺」と名付けられました。今でもこの西光寺山の別名を「金鶏山」と言いお寺の跡も残っています。それ以来地元では,正月が明けると暗闇の西光寺山のどこかで,金の鶏が四方に金色の光を放つと言い伝えられていますが,まだそれを見た人はいません。

なるほど,このテの民話はよくあります。でも,その宝物がまだ見つかっていないということは,みんなはまだ一生懸命働いていない,働き方が足りないということでしょうか。チョット考えさせられます。

さらに進むと,林道は終点(@)に。ここにも案内板があります。

西光寺山の植生は,山麓にアカマツが多く分布し中腹にハコナラ・ヤマザクラが多く中腹から山頂にかけてウバメガシが群生しています。これらの天然林を有効利用するために育成天然林施業を30ha実施し育てています。

ということで,アカマツ・コナラ・アベマキ・ウバメガシ・ヤマザクラなどの説明があります。西光寺山に多いウバメガシは自生の最北限だそうです。

急坂一気の登山道

さて,いよいよここからが登山道です。小川を渡ると,炭焼きがまが現れます。このかまは,今でも使われているということで,まわりのウバメガシを原料に「金鶏炭」という良質の木炭ができるようです。

ここからは登山道は斜度を増します。登り始めてすぐに石柱がありますが,判読不能。登山道は九十九折れになり,高度を上げていきます。まわりはウバメガシが生え,おそらくこれらが木炭の原料になっているのでしょう。下界では北風が強く吹きつけていますが,この登山道のある斜面は南向きということもあって,日当たりもよく,無風であまり寒さを感じません。一汗かく頃には,展望がよくなり,和田寺山をはじめ,六甲の山々までも見えています。

  
炭焼きがま 西光寺山山頂
炭焼きがま
西光寺山山頂

登山道の何ヵ所かに山頂までの表示板があり,およその目安になります。でも,この距離って,どうやって測ったのでしょう。地図上の距離だと,水平距離なのでかなりの誤差が出るし,かといってメジャーを転がして山を登ったとは考えられないし。ナゾです。

尾根に近づくにつれ,勾配はゆるくなっていますが,北風が出てきました。尾根には,「頂上まで200m」の表示板があります。尾根の北側は植林帯ですが,その植林帯を抜けてくる北風が冷たい!今までかいた汗が,一気にひいてしまいます。

西光寺山から机峠

車をとめたところから約1時間で西光寺山山頂(A)着。山頂では,無線のコンテスト中の丹波のたぬきさんご夫婦がテントを張っています。この強風の中では,テントは有効です。以前,台風で吹き飛ばされた山頂の祠は再建され,きれいになっています。山頂からの展望は,すばらしいものがあります。北方面の展望はあまりありませんが,東,南,西の三方に大パノラマが広がっています。

いよいよ,これから縦走です。まずは,山頂からの下りです。急坂を下り,なだらかな登山道を進みます。しばらくすると,道が北に変わっています。おや?これでは縦走はできそうにありません。目の前のピークをまくと,細い道が現れました。ウバメガシの疎林をぬうように落ち葉のシングルトラック(ST)は続いています。しだいに高度を下げながら,鞍部に到着。ここは,以前の西光寺山の西尾根縦走の際に,林道から登ってきた地点です。

818を過ぎると,ブルドーザーで作ったような林道(B)に出ます。ただ,林道といっても,自動車が通れるような道ではありません。地元の人の話では,オフロード用のバイクが走る程度の林道です。途中で尾根から外れる所がありますが,結局,この林道は机峠(C)まで続いてました。

机峠

聖徳太子が越えたという由緒ある峠。物部守屋を討った時,太子が刻んだ毘沙門像が兜からどこかへ飛び去り,その毘沙門像を探し求めてこの峠まで来たという。この峠を机に見立てて祈祷したところ石戸山が光り輝いたので行ってみると毘沙門像を見つけることができた。喜んだ太子は石龕寺を建立し毘沙門天を安置したという話が伝えられる。机峠は,聖徳太子が峠を机に見立てたところから名づけられたといわれる。机とは「シキスエ」で,祭壇のことと言われている。

机峠からの展望はほとんどありません。南に下る道は,ゴルフ場に出てしまうかもしれません。北に延びる道は,西脇市側に下っています。地図で確認すると,縦走路の1/3しか来ていません。今までは下り基調で楽だったのですが,これからはかなりのアップダウンがありそうです。前途多難です。21世紀の幕開けを飾るにふさわしい今日の山登りwithMTBです。

  
机峠 縦走路から見た西光寺山
机峠
縦走路から見た西光寺山

前途多難の縦走路?

昼食後のコーヒーをいただき,縦走の再開です。ここからは,当然のことながら登りです。心配された道は明瞭で,下りなら乗車できそうです。三角点のあるササバ(楽々庭)480に登ると,反対側から猟銃を持ったハンター2人が登ってきました。「この辺りはヤブっぽいけど,この先はハッキリした道やで。ゴルフ場の赤いプラ杭も途中まであるよ」とのこと。

ヤブを抜けると,きれいなSTが出現。快適に乗車できます。が,時々,北からの強風が吹きつけてきます。オ〜ッ!さ・む・い〜!とか何とかいいながらも,鞍部へ。ここからは急坂を登り,なだらかなピークを進みます。登りは乗車できませんが,下りはほとんど乗車できるのがうれしい。先ほどの心配はどこへやら。気分よく,縦走路を進みます。ただ,北は植林,南は自然林というように尾根のどこでも植生が同じなので,いくら進んでも周りの雰囲気はあまりかわりばえしません。534への急坂を登ると,これまた快適な下りです。枯葉を踏みしめ,気持ちよく下ります。

  
快適尾根道 天罰的中!
快適尾根道
天罰的中!

再び急坂を登ると,尾根と中口山への分岐(D)です。せっかくここまで来たのですから,時間もあるので,中口山へ行くことにしました。最初は快適ですが,すぐに笹ヤブになっています。強行突破の末,中口山へ。三角点から見る西光寺山は,尖った山頂が見事です。再び,笹ヤブをこぎ,分岐に戻り,縦走路に復帰。これからはゴルフ場のプラ杭がないので,道が不明瞭になっているかもという心配も無用。あいかわらず,MTB乗車可能の快適STです。

いよいよドラマの始まりです

順調に553を過ぎ,鞍部(E)へ。正面の尾根の急斜面には踏み跡程度の道はありますが,いきなり道が悪くなっている感じです。右手には尾根を下るように踏み跡がありますが,こんなところで下っては縦走できません。仕方がないので,急斜面を喘ぎながら登ります。ところが,あとで最新の地図を見ると,この踏み跡が三角点のある500ピークにつながっていたようです。先日の増位山の古地図といい,今日の地図といい,やはり地図は新しいものがいいようです。

長細い尾根に出ると,これまた踏み跡程度のSTを強引に突破します。縦走もあとわずかで終了です。なんだか,これで終わってしまっては,順調すぎてドラマがありません。そんなことを言いながら最後のピーク571(F)に到着。ところが,ここからの下山道が見当たりません。どうしたこっちゃ?!

ドラマはこれから始まりです。今までは長いプロローグです。まず,行くべき方向,尾根を探します。比較的なだらかな北東の尾根にのり,途中から東の尾根に下るという目論見です。が,その北東の尾根に行く道すら,踏み跡すら見当たりません。尾根は笹と潅木の猛烈なヤブです。MTBに木の枝がからみ,身動きがとれません。しかたがないので,MTBを放り上げ,木の枝を折りながら,前進です。1m1分ペースです。

しばらく下ると眼下に黒石ダムが広がっていますが,そこへ降りる斜面は崖同然です。これはいけません。ゆるやかそうな尾根に戻り,再び前進です。笹が背丈より高くなり,潅木も多くなってきたので,前が見渡せません。しかたがないので,MTBを置いて,偵察です。MTBを持っていなければ,ヤブ漕ぎは楽です。しばらく下ると,傾斜がゆるくなっています。これでOKです。MTBに戻って,前進です。木がジャマ,木の枝がジャマ,笹がジャマと,あいかわらず進みにくいですが,傾斜がゆるやかになっているのでマシです。

なだらかな尾根に出ると,猪が砂浴びをした跡がたくさんあります。踏み跡?獣道?があるので,楽です。笹も低くなり,植林帯に出ました。こうなれば,下山はすぐです。切り開きを下り,真っ暗な植林帯を抜けると,車道(G)に出ました。ヤブを漕ぐこと1時間。ドラマは最後に用意されていました。展望はそれほどあるわけではありませんが,withMTBだと走りが楽しめる縦走路です。乗車率は50%ほどです。21世紀の幕開けを飾るにふさわしい山行きとなりました。これでこの21世紀も大いに楽しめそうです。


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